東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11422号 判決 1973年9月17日
原告 ザ・エーエフエー・コーポレーシヨン・オブ・フロリダ
被告 キヤニヨン株式会社
主文
被告は、別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を業として製造し、販売してはならない。
被告は、その保管中の別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を廃棄せよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決の第一、二項及び第四項は、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、
「被告は、別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を業として製造、販売し、かつ、右噴霧器噴口を有する噴霧器を販売してはならない。
被告は、その保管中の別紙添付写真表示の意匠に係る噴霧器噴口を廃棄せよ。
訴訟費用は、被告の負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求め、
その請求の原因として、次のとおり述べた。
「一 原告は、左記登録意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。
(一) 登録番号 第二四五七六三号
(二) 意匠に係る物品 スプレーガン
(三) 出願年月日 昭和三七年五月二日
(四) 登録年月日 昭和四〇年二月二七日
二 本件意匠は、願書の記載及び願書に添付した図面(別添意匠公報参照)に示されているとおりのものであるが、右記載及び図面により現わされた意匠に基づいて本件意匠の範囲について考察すると次のとおりである。
(一) 本件意匠の対象とする物品は、願書の示すとおり、噴霧器であり、図面の記載から明らかなように、噴霧器のうち容器から液体を噴射させる機構を内蔵した部分、すなわち、噴口部分ともいわれているものに関する意匠が直接の対象となつている。
(二) 本件意匠は、意匠公報の図面からも明らかなように、物品の形状に関するもので、その外観につき美観を呈する新規なものとして登録されたものである。
(三) 本件意匠の形状を構成上から概説すると、次のとおりである。
(1) 分厚い弾頭状本体を基本部分とし、この本体を垂直方向を基準として、その一端(噴出口部)を他端よりやや上方に向くように位置させてある。
この本体の形状の特色は、ゆるやかな曲線からなる一方がやや上方に向いた弾頭状にある。
(2) 本体の上方端面には、本体の傾斜方向に添つて短円柱状のノズルを突設させてある。
なお、この部分が噴出口を構成し、かつ、ノズルの外周面には広狭の凹凸状が形成されている。
(3) 本体上方突設ノズル寄り内側下面に「ノ」字状のレバーを垂下させてあり、その基部に、本体につながるピストン軸がわずかにのぞいている。
(4) 本体尖端部寄り下面に短円筒状キヤツプを突設し、その中央に細長いパイプ様吸込筒を垂下させてある。したがつて、右に示した(1)の形状を基本的中核としてこれに(2)、(3)及び(4)の形状を付加させたものが、本件意匠の基本的形態をなしているということができ、特に、(1)(2)及び(3)の合体された形状が、視覚上最も強く印象づけられるものであり、類否判断の基準となるものである。
意匠権の効力として、類似する意匠についても、その実施をする権利を専有するものであることを考えれば、意匠における類否の判断は、登録意匠における基本的形態の比較で行うべきことが必然的に導かれる。
三 被告は、業として別紙添付の写真に示されているとおりの形状の噴霧器の噴口部分(以下「本件物件」という。)を製造販売している。
本件物件の形状につき構成上から概説すると、次のとおりである。
(一) 分厚い弾頭状本体を基本部分として、この本体を垂直方向に対して、その一端を他端よりやや上方に向くように位置されている。
(二) 上方寄りの端面には、短円柱状のノズルを突設させている。
(三) 本体上方突設ノズル寄り内側下面に「ノ」字状のレバーが垂下させてある。
(四) 本体尖端部寄り下面に短円筒状キヤツプを突設し、その中央に細長いパイプ様吸込筒を垂下させてある。
以上のように(一)を基本部分としてこれに(二)ないし(四)を付加した形状が、本件物件の基本的形態である。
四 よつて、本件意匠と本件物件の形状とを比較すると、部分的には形状上わずかな差は認められるが、前記のように視覚上最も強く印象づけられる基本的形態において、両者は全く共通しており、意匠全体としてみるとき、明らかに両者は酷似しているものである。それ故、被告の本件物件の形状は、本件意匠と類似の意匠であることが明らかであり、もちろん、対象たる物品を等しくするから、被告が別紙添付写真表示の形状を設えた噴霧器を業として製造、販売する行為は、本件意匠権を侵害するものである。
五 よつて、請求の趣旨記載の判決を求めるため、本訴を提起した次第である。」
被告訴訟代理人は、
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。」
との判決を求め、
答弁および主張として、次のとおり述べた。
「一(一) 請求原因一の事実は認める。
(二) 同二の主張は争う。
原告は、その構成要件の基本として分厚い弾頭状本体と説明しているが、本件意匠は、分厚いというよりむしろ薄くきやしやな感覚を与えるものであり、また弾頭というには余りに基本形が欠除しすぎており、この表現方法は不適切である。
(三) 請求原因三の事実のうち、被告が本件物件を業として製造販売していること、本件物件の形状が別紙添付の写真に示されているとおりのものであることは認めるが、原告の主張は争う。
本件物件について、原告は、弾頭状本体と主張しているが、弾頭は本来錐体であつて、平面的なものではないしかも、本件物件の本体下面の曲面の曲率は、上面に比しきわめて少なく、また、全体として細長い流線形状をしている。
(四) 請求原因四の主張は争う。
二 本件意匠の要部を認定するにあたつては、該意匠登録出願時において既に公にされている形状、模様等の意匠を勘酌して、これを認定すべきものである。
けだし、意匠権は、特許権、実用新案権と類し、いまだ公にされていない新しく創作された意匠的創作に対し独占権を与えて、これを保護するものであるから、すでに公になつた意匠は、意匠権としては、その保護の価値はなくなるのである。
意匠法第三条第一項は、「意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠」でないことを、意匠登録の要件の一としている(第一号)。すなわち、意匠が意匠権として登録を認められ、第三者に対する排他権の主張がされるためには、日本国内のみならず、外国において公然知られた意匠であつてはならないのである。そして、このような意匠について、誤まつて登録がされたときは、当該意匠は、登録無効とされることになるのである(同法第四八条第一項第一号)。
ちなみに、特許法、実用新案法においては、登録要件としての外国における公知資料の不存在は、頒布された刊行物の不存在に限つているのであるが、意匠法においては、外国における公知資料をも広く認めていることに注意すべきである。なお、ここにいう公知の意義について、文献の場合には、一般公衆に対する閲覧可能性があれば足りる。
ところで、本件意匠の登録出願人は、アメリカ合衆国のトレーシイ・ブルツクス・タイラーであるが(原告は、昭和四三年一〇月二八日、同人から本件意匠権の譲渡を受け、昭和四四年六月一八日、その旨の登録を経由したものである。)、同人は、一九六一年(昭和三六年)一二月二九日ベルギー国に「手動液体噴射装置」に関する特許出願をし、その特許明細書は、一九六二年(昭和三七年)四月一六日の後は、同国商工業所有権局図書館において、公衆の閲覧に供せられるようになつた。しかして、右特許明細書(乙第一号証参照)には、本件意匠とほぼ同一の形状の噴口の記載があり、右噴口の意匠は、右特許明細書が公衆の閲覧に供せられた一九六二年(昭和三七年)四月一六日に外国において公然知られたものになつたのである。そして、本件意匠の登録出願は、その後である昭和三七年五月二日である。
したがつて、本件意匠の要部を認定するにあたつては、該意匠の登録出願時において公知であつた前記乙第一号証記載の意匠を斟酌すべきものである。また、乙第一号証の特許明細書は、出願人自らが公知にした資料というべきであるが、出願人自らが公知にした資料であればなおのこと本件意匠の要部認定をするに当つては、右公知資料が考慮されるべきものである。けだし、出願人としては、公知資料を参酌した上での狭い範囲の意匠権を取得したものと解せざるをえないからである。
三 以上述べた観点から本件意匠をみると、本件意匠及び本件物件の意匠は、次のとおりのものであるというべきである。
すなわち、本件意匠は、
(1) 基本的形態は、座した姿勢の蛙形であり、これを前後方向に薄切りのものにしてある。
(2) 蛙形の両側の後肢部に相当する部分に、膨出部を設ける。
(3) 蛙形の頭部に相当する部分に、凹形のくぼみのある輪を中間に設けた短円筒状ノズルを突出させる。
(4) 膨出部直下に、置物の台に相当するように、周辺に刻みをもつた鍔部を下部に設けた短円筒キヤツプを突設させる。
(5) 前肢部に相当する部分に、胴部より一本の「メ」字状レバーを垂下させる。
(6) 「メ」字状レバーより、腹部に物がささつた形で、ピストン筒を裸出し、レバーとピストン筒とをピンを表出させて連設した。
以上の各構成要件からなるものである。
一方、本件物件の意匠は、
(1) 基本的形態は、前面の高さの約三倍の長さの尾部をもつた曲率の少ない流線形状自動車匡体(ボデー)形の前面を切断し、これを端面とした形態で、この本体は、分厚く二段に分けて、下部に移るに従い幅広部を形成している。
(2) 本体側面に膨出するものはない。
(3) 端面上部に、外周にテーパー溝を切つた短円筒ノズルを突出させる。
(4) 尾部寄りの本体下面に、本体より幅狭の截頭した円錐体の下部を逆テーパー状にして、その外周に縦溝を設けたキヤツプを突設してある。
(5) 本体端面に沿つて突出する「ノ」字状レバーを垂下させる。
(6)「ノ」字状レバーと本体との連絡体は、本体に埋没されほとんど外観的に見ることができない。
本件物件は、以上の(1)及び(3)・(4)・(5)の構成要件からなるものである。
以上のとおりであるから、本件意匠と本件物件の意匠とは類似しない。」
原告訴訟代理人は、被告訴訟代理人の主張に対して、次のとおり反論した。
「一 本件意匠の範囲は、乙第一号証が存在することで制約を受けることはない。すなわち、
(一) 登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添附した図面に記載された意匠に基づいて定められるべきことは、意匠法第二四条の明示するところである。しかして、この登録意匠の範囲につき、新規性ある意匠が登録されるという立前から、登録意匠の対象となつている物品について他に出願前先行意匠が存在し公知となつていれば、この先行意匠を考慮して登録意匠の範囲の認定をすべきものであるとする考えもあるが、本件意匠については、そもそも先行意匠となるものはない。なぜなら、物品スプレーガンに関する意匠は、本件登録意匠が最初であつて、それ以前にはないからである。
(二) さらに、登録意匠の認定に当り考慮されることもありうる出願前公知の先行意匠というのは、当該物品の分野における通常の知識を有する者が、広く知り又は知りうる充分な可能性のある意匠でなければならないところ、乙第一号証は、手動液体噴務装置と題する噴務機構及び構造を開示した特許発明であり、その図面は、右特許発明の内容を説明するためのものであつて、物品スプレーガンの形状における美的創作すなわち意匠を示すものではないから、これをもつて本件意匠と比較することはできないのみならず、乙第一号証の特許証は、本件意匠登録出願日の十数日前にすぎない昭和三七年四月一六日以降ベルギー国においてその内容を閲覧しうる状態にあつたというだけで、当業者がこれを閲覧し、内容を知るということは正に稀有なことであり、したがつて、右内容をもつて、本件意匠の出願時におけるスプレーガンに関する意匠の水準を示すものとし、本件意匠の範囲の認定に際し考慮すべきものであるとするのは明らかに誤つている。
二 本件意匠は、昭和三七年五月二日に登録出願されたものであるが、その出願に際し、同一物品に関する液体噴射装置の特許明細書がベルギー商工業所有権局図書館において昭和三七年四月一六日以降公衆の閲覧に供せられたことなど、出願人の全く知る由もないことであつた。
したがつて、右特許明細書に記載された図面に物品の意匠が表示されているとすれば、それは、本件意匠と同一の意匠であり、かつ本件意匠権利者の意に反してその意匠登録出願前ベルギーで公知となつていたということになるが、意匠法第四条第一項の規定により、本件登録意匠の新規性は認められているのである。なお、本件登録意匠が審査過程で、外国において公然知られた意匠であるとして、拒絶理由通知を受けたこともない。
いずれにせよ、本件意匠は、当該物品の形状に関する意匠として前例のない全く新規なものであることは、疑問の余地がない。
三 仮に、乙第一号証記載内容が考慮されることがあつたとしても、右記載によつて、本件意匠の要部の認定に影響を与えることはない。すなわち、乙第一号証の図示に、スプレーガンの形状を示す部分があるとしても、そもそも、手動液体噴霧装置を内蔵する物品と、本件意匠の対象とする物品とは同一物であり、かつ同一出願人により出願され登録されたものであるから、乙第一号証の図示あることにより本件意匠の新規性が否定されるというのなら格別、本件意匠の範囲が減縮されたり、その要部が極めて些細な部分に変動するといつたことはありえないからである。もしも乙第一号証の記載が公知であることから、本件意匠の範囲が影響されるというのであれば、意匠法第四九条の示す登録無効審判の除斥期間を経過した意匠権の登録意匠の範囲をどのように認定するというのであろうか。
結局、本件意匠は、乙第一号証の存在によつて、なんらの影響も受けないものである。」
立証<省略>
理由
一 原告が本件意匠の意匠権者であること、被告が本件物件を業として製造販売していること、本件物件の形状が別紙添付の写真に示されているとおりのものであることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 成立について争いのない甲第二号証(本件意匠公報)によれば、本件意匠を現わしたスプレーガンにおいては、
(一) 分厚いほぼ弾頭状の本体が、その垂直方向を基準とし、側面からみて一端(噴出口部)を他端(下端部分)よりやや上方に向け、斜に大きく配されている。
(二) 本体は、側面からみて中央部の幅のほぼ二倍の長さをもち、同中央部よりやや前記下端部分寄りにおいて両側方に膨出している。
(三) 本体の前記噴出口部側の端面には、外周に数条の凹溝を軸方向に刻設した輪を中間に設けた短円筒状のノズルを突出させてある。
本体上方突出ノズル寄り前端下面に、側面からみて、外方へ向いた突出部分を有するほぼ本体の長さに近い長さの太い「ノ」字状レバーが斜め外方に向け垂下させてある。
(五) 前記(二)の本体膨出部下面に、周辺に刻みをもつた鍔部を下部に設けた。側面からみて本件中央部分の軸にほぼ等しい径をもつ短円筒状キヤツプを連設し、その中央下部に細長いパイプ様吸込筒を垂下させてある。
(六) 右「ノ」字状レバーの基部附近の内側から本件側面中央部附近にピストン軸が顕われている。
本件意匠は、以上のとおりの構成から成るものと認められる。
三 別紙添付の写真によれば、本件物件の意匠は、次の構成から成ると認められる。
(一) 分厚いほぼ弾頭状の本体が、その垂直方向を基準とし、側面からみて、一端(噴出口部)を他端(下端部分)よりやや上方に向け、斜めに大きく配されている。
(二) 本体は、側面からみると段違い線条を表わし長手方向に区切られた段状突部があり、正面からみると、上下二段のほぼ台形の積重ね状になっている。
(三) 本件の噴出口部側の端面には、外周に数条の凹溝を軸方向に刻設した短円筒状のノズルを突出させてある。
(四) 本体上方突出ノズル寄り前端下面に、側面からみて、本体の長さよりやや短い長さの太い「ノ」字状レバーが斜め外方に向け垂下させてある。
(五) 本体の前記(一)の下端部分寄りに、側面よりみて、その上部が本体側面の中央部の幅よりはやや幅狭で、下部近くで本件の中央部の幅とほぼ同長となり、最下部においてわずかの幅にわたり再び幅狭となり、同部の外周に突条を軸方向に表わした、短円筒状キヤツプを連設し、その中央下部に細長いパイプ様吸込筒を垂下させてある。
四 そこで、本件意匠と本件物件の意匠とを比較すると、本件意匠は、側面からみて、一端(噴出口部)が他端よりやや上方を向くよう斜めに分厚いほぼ弾頭状本体を大きく配することを基本的中核として、さらに、その噴射口部側の端面に、短円筒状のノズルが突出し、本体上方突出ノズル寄り前端下面に、側面からみて、本体の長さに近い長さの太い「ノ」字状のレバーが斜め外方に向け垂下し、本件側面中央部よりやや本体下端部分寄り下面に、本体側面の中央部の幅にほぼ等しい径をもつ短円筒状キヤツプが連設され、その中央下部に細長いパイプ様吸込筒が垂下している、形状を有する点が、視覚上最も強く人に印象づけるものであるところ、本件物件の意匠も、前記のとおり、視覚上最も強く人に印象づける本件意匠の基本形態のすべてを具えているから、形状のうえで、部分的には本件意匠とのわずかな差は認められるが、結局、全体として、本件物件は本件意匠に類似するものといわなければならない。
五 被告は、本件意匠の登録出願人は、一九六一年(昭和三六年)一二月二九日ベルギー国に「手動液体噴射装置」に関する特許出願をし、その特許明細書は一九六二年(昭和三七年)四月一六日以後同国商工業所有権局図書館において公衆の閲覧に供せられたところ、右特許明細書には本件意匠とほぼ同一の形状の噴口の記載があり、右噴口の意匠は、右特許明細書が公衆の閲覧に供せられた一九六二年(昭和三七年)四月一六日に、外国において公然知られたものになつたものであり、本件意匠の登録出願日は、その後である昭和三七年五月二日であるから、本件意匠は、もともと意匠法第三条第一項第一号により意匠登録が受けられなかつたものであり、右事実を勘案すると、本件意匠と本件物件の意匠とは被告の主張するような点において相違し、本件物件は本件意匠の範囲に属さない旨の主張をする。
なるほど、成立について争いのない乙第一、第二号証によれば、本件意匠の登録出願人は、被告主張の日にベルギー国に被告主張の特許出願をし、その特許明細書は被告主張の日以後被告主張の場所で公衆の閲覧に供せられるようになつたこと、右特許明細書には本件意匠とほば同一の形状の噴口の記載があることを認めることができる。しかしながら、右特許明細書が被告主張の場所で公衆の閲覧に供せられるようになつたからといつて、そのことから直ちに、右特許明細書に記載された本件意匠とほぼ同一の意匠が、意匠法第三条第一項第一号にいう「外国において公然知られた意匠」になつたものということはできない。被告は「公然知られた」という意味は、文献の場合には一般公衆の閲覧可能性があれば足りるという。しかしながら、「公然知られた」という意味を、文献の場合について、被告の右主張のように解すると、意匠第三条第一項第二号の存在意義が全然なくなつてしまう。なぜならば、第二号でいう「日本国内又は外国において領布された刊行物に記載された意匠」は、常に一般公衆の閲覧可能性があるものであるから、第一号を右のように解する以上、第二号を第一号とは別に規定する意味はないからである。そうすると、第一号の「公然知られた」の意味は、単に公然と知られうべき状態になつただけでは足りず、公然知られたことを要するものと解すべきである。もつとも、証拠上、公然と知られうべき状態になつたことが立証されれば、特に反証のないかぎり通常は公然知られたという事実を推認することができるであろうが、それはあくまでも立証上の問題であつて、公然知られたという意味の解釈問題ではない。
以上のとおりであるところ、被告主張の特許明細書がベルギー国商工業所有権局図書館において公衆が閲覧しうるようになつたというだけでは、その閲覧しうるようになつた日からわずか一七日後にベルギー国に特許出願した者と同一の者によつてわが国に本件意匠の登録出願がされた本件の場合において、その事実のみによつては、いまだ本件意匠が意匠登録出願前に外国において公然知られていたものであるとすることはできない。そして他に、本件意匠またはそれぞれに類似する意匠が本件意匠登録出願前に日本国内または外国において公然知られたものであるとのことは被告の主張立証しないところであるから、本件意匠がその登録出願前にベルギー国において公然知られたものであることを前提とする被告の主張は理由がない。
六 よつて、原告の被告に対し、本件物件を業として製造、販売することの禁止、並びに被告の保管中の本件物件の廃棄を求める請求部分は理由がある。
原告は、なお、被告に対し、本件物件(噴霧器噴口)を有する噴霧器を販売してはならない趣旨の判決をすべきことを求めているが、原告が意匠権者としてその実施をする権利を専有しているのは本件意匠及びこれに類似する意匠についてだけであつて(意匠法第二三条、第二条第三項)、本件意匠は前認定のとおり噴霧器噴口に関するものであり、噴霧器噴口を有する噴霧器に関するものではないから、原告は本件意匠権に基づいて噴霧器の販売まで禁止することはできない。
七 よつて、原告の被告に対し、本件物件を業として製造、販売することの禁止、並びに被告の保管中の本件物件の廃棄を求める請求部分を正当として認容し、その余の請求部分は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 高林克己 野澤明)
(別紙)<省略>
意匠公報
245763 出願 昭37.5.2 意願 昭37―7890 登録 昭40.2.27
意匠に係る物品 スプレーガン
説明 左右側面図は対称
図<省略>